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| 2009.03.14 Saturday * | - | - | - |
ヒトはそんなに簡単には変われない
 悲しい事実だけどね・・・

パソコンを整理していたら
2007年12月13日に作成したと思われる
社会科学概論のレポートが出てきました。

ちょうど、1年前に書いたレポートですね。


あまりにも馬鹿だったので(すべてが)
原文のまま晒してみることにします。
ツッコミどころ満載。

ちなみに、私は2007年12月の時点で
20年と半年くらい日本に生まれ育ち
日本語を話してきたと思われますが
まだ日本語マスターしていない、未熟なニホンジンです。


こいつ、日本語おかしくね?


っていうのは、読み返した私にも分かります。

でも、それも含めてマジ救えない馬鹿な感じなので
あえての原文です。読みにくくてすみません。


ちなみに総3701字らしいです。結構書いたね。



ホント、どうやったら人間って成長できるんだろう・・・



っていうか、ホントにこんなレポートを
町村先生に出したのかあたし・・・


すみません・・・


ちなみに、一番最初に書いたレポートは
ジャパニメーションが他文化にどう受け入れられるかとかで
ドラえもんとか千と千尋とか題材にしてました。


なんか、ホントもう残念(;´A` )


あのホントに暇で暇でしょうがねーとかいうヒトだけ
続きをどうぞ。時間の無駄にしかならないから。

ってことで、問題のレポートです。
もはやレポートなのかも分からんけど。

オタクに見る

失敗と成功のあいだ

社会科学概論レポート 2007/12/13


◇オタク=? オタク=失敗?◇

 うちの親は勉強しなさい、勉強しなさいという一方で四人の子供の面倒を一気にみるためにアニメのビデオ・ゲーム機を多用している。勉強もしつつ、漫画、アニメやゲームも楽しめばいいのだが、遊ぶことが大好きで勉強が大嫌いな子供たちにそんなものは通用しない。漫画、アニメやゲームばかりにいそしむ結果になるのは目に見えている。事実、私の兄弟四人ともよく漫画、アニメやゲームに接して育ってきた。少なくとも平均的な一般家庭の子供の接する時間の数倍は、うちの兄弟たちは接して育ってきていると思う。そのおかげ、というか、そのせいで漫画、アニメやゲームは二十歳を過ぎても卒業できない。あまりにも身近にありすぎて、もうなくては生きていけないし、生きていたとしてもなんのおもしろみや楽しみもない人生になってしまうだろう。私は漫画、アニメ、ゲームから卒業できないばかりか、年を経るごとにますます彼らへの愛が深まっている。なんの自慢にもならないことは分かっているが、週に予約録画するアニメの本数は10を優に超えるし、ゲームも月に一つ以上は新しく購入してクリアしていっている。一日24時間あるなかで、漫画、アニメやゲームに接する時間が必ずあるし、356日それは変わらない。もう彼らは私の中で確実にライフワーク化している。こればっかりはやめられない、と言われれば甘いモノよりも私は漫画、アニメ・ゲームと答えるだろう。勉強よりもときに食事よりも大事なモノが私にとっては漫画、アニメ・ゲームなのである。

 そういうわけで非常に残念というか、納得いかないところなのだが、あまり漫画やアニメ、ゲームとは縁のない友達にそれらの話をすると必ず『オタク』と言われる。ちなみに私自身自分が『オタク』である自覚は全くもってない。『オタク』というようなレッテルを貼られるような存在ではないと思う。漫画やアニメやゲームが好きな人間が全員『オタク』だと思っているなんて、もう少し日本語の勉強をして秋葉原に行って本物の『オタク』とやらを見てから私のことを判断して欲しいものである。私も、ベクトルが違うだけでみんなと同じように好きなモノに時間やお金を費やしているだけなのに、何故わざわざ『オタク』というようなイメージの悪い、変な印象を持たれなければならないのだろう。そこでふと思った。『オタク』はどこからどこまでが『オタク』で、そもそも何故『オタク』はイメージが悪いのだろうか。『オタク』になってしまうことはその人の人生にとって失敗であるのだろうか。好きになってしまったんだからしょうがないという場合は、どう対処していくべきなのだろうか。『オタク』と通して失敗と成功の差を少し考えてみたい。



◇オタクの定義より◇

 古くはアニメ・漫画といった作品に絡んで行われる同人活動(→同人誌)との関連性から、「狭義のおたく」と呼ぶべきかなり限定された意味合いを持つ存在とされたが、近年では含む意味が拡大して「広義のおたく」と呼ぶべき一定の範疇・属性を含むグループ全体をこのように呼称する傾向が見られる。「広義のおたく」では「社会一般からは価値を理解しがたいサブカルチャーに没頭しコミュニケーション能力に劣る人」というネガティブな見解から「特定の事物に強い関心と深い知識を持つ一種のエキスパート」であるといった肯定的な主張まで、オタクの意味するところは人により大きく異なり、今日でも変遷している。(Wikipediaより)

 

Wikipediaを『オタク』で検索すると、『オタク』の意味には広義的なものと狭義的なものがあるとする一方で、やはり『オタク』を否定的に捉える人、肯定的に捉える人で意味が違ってくるので現在もその意義は変遷中とある。オタクは漫画やアニメ・ゲームが好きで、同人誌やコスプレに手を出している、漫画やアニメなどに接しているだけじゃもの足りず自分たち自身が何かしてしまう人たちは狭義的な意味のオタク、サブカルチャー的なものに精通している、いわゆる“マニア”というのは広義的な意味のオタクととりあえずは分けることが出来るらしいが、それを気持ち悪いととるか、エキスパートという尊敬のまなざしでみるかで意味が違ってくると言うわけである。そうなると、一応私はオタクではない!と思っていたが、広義的な意味のオタクなら当てはまってしまうようである。がしかし、私は少なくともその事実を否定的に捉えてはいない。自分は漫画・アニメ、ゲームの“エキスパート”だと思う。

 つまり、私のポジションはNHKの番組「熱中時間」のたぐいのオタクなのである、と思いたいのである。狭義的なオタクたちがのめり込むものと矛先は同じだから、すごくイメージが狭義的なオタクたちと重なってしまうのだろうが、私はあくまでネガティブ側のオタクではなく、ポジティブ側にいる。何故かというと、“好き”で止まっているし、オタクと言われても気持ち悪がられたことはない。社会的にもエキスパートというのはものすごく救いようがあるような気がするし、エキスパート的な意味のオタクなら私も言われてちょっと鼻が高い。

 一方、ネガティブ側のオタクだけれども社会不適合者の烙印を押されてしまったら烙印を消したり、ネガティブからポジティブから転換させるのは難しい。それはオタクというものの深くて濃い人間性の特性も関係していると思う。コスプレやグッズ集め、二次創作活動といった一般的に気持ち悪がられる行動に一心のめり込んでいく姿は、近寄りがたいものがあるし近寄れたとしてもものすごい勢いではじかれそうな気がする。しかも、肯定的なオタク同様、好きなことにのめり込んでいるだけなのだからやめるわけもない。彼らには三次元の声は聞こえない。二次元の世界としか更新できない社会不適合者化にゆくゆくはなってしまう。と、なると少し気持ち悪がられるオタクという人間は厄介である。

 しかし、私は最近そういったネガティブ的なオタクにも変化が現れていると思う。“電車男”という映画が何年か前に流行って、ネガティブ的なオタクがオタクなりにオタクじゃない一般人の心をつかむためにいろいろ努力していく姿が世間一般に広く印象づけられた。

オタクという人種の実態が一般的に知られるようになって、少しずつオタクが社会にとけ込んできているように思う。近年電車男以降の秋葉原の特集の数の多さやオタクの実態に迫る的な特集の多さも、オタクの認知に一役買っている。しかし、ネガティブ的なオタクが受け入れられてポジティブ的なオタクとして受け入れられるようになったかというとそうではない。残念ながら、ネガティブ的なオタクはそのままの気持ち悪い存在として社会に広まってしまった。最近、秋葉原に行って感じたことなのだが、オタクがいなくなったのでは、と思うようなときがある。コスプレイヤーやリュックサックにカメラといったいわゆるA系ボーイなんてものが秋葉原の代名詞であるが、正直あまりそういう人たちを目にすることはない。そして、今はコスプレイヤーなんていうのは一部の人間と、商業目的の人間だけがしているし、A系ボーイもその周囲にちょこっといるくらいである。

秋葉原の喫茶店に入って(ちなみにメイド喫茶ではない)友達とのんびりコーヒーを飲んでいると、普通の姿のサラリーマンや男性が次々入ってきた。ここが秋葉原だという認識がなければ、いたって日本中どこにでもありそうな風景となっていたのだが、よくよく他の客を見てみると、お店の片隅でサラリーマンの頭から光る触角が生えていたり、読んでいる雑誌がネガティブ的なオタク向けなものだったり、ああやっぱり秋葉原だと思った。しかし、そんなものがなければ本当にごくごく普通のどこにでもいる人にしか見えないので驚いた。ネガティブ的なオタクはもしかして、世間から隠れなければならないような社会的な位置まで来てしまったのだろうか。わたしにはこの風景がとても寂しいものに写って見えた。好きなことが世間的に受け入れられないものだったばっかりに、オタクが消えてしまいそうな存在となろうとしているように思えた。

ここでも“オタクが社会にとけ込もうとしている”と肯定的にとるか“オタクと社会に公表できないほど肩身が余計に狭くなってきた”と否定的にとるかの選択がある。私はつまるところ否定的にとってしまったのだが結局は、失敗と成功の差というのは社会的に同じ物事について肯定的に判断するか否定的に判断するかによっている。その差は、受け入れられるか否かだと思う。社会的に包受できるか、排除したいか人々がジャッジする差が失敗と成功の差だと思う。

もしかしたら、このままだとオタクはどんどん排除されていって隠れオタクでさえいなくなってしまうのではないだろうか。気持ち悪さを克服させるのは容易なことではない以上、おたくに明るい未来はないのかもしれない。社会が肯定的に考えてくれるような社会変動はいつか起こってくれればよいのだが。

 

◇参考文献◇

Wikipedia 「おたく」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BF%E3%82%AF

熱中時間

http://www.nhk.or.jp/nj/





まさかのエキスパート宣言wwww


ちなみに「成功と失敗」の分類はどのようにして起こるか?

が課題だったと思います。


ちゃんと答えてねぇーごまかしてるぅぅぅー

話の流れ意味不明すぎぃぃいー



でも社会科学概論の評価はAなんだから
世の中よく分かんないよねー(´∀`;;)


追記:
一応言っておきますが
このレポートにはかなりの誇張表現が使われてます。
レポートのためにかなりフィクション要素を入れたのであしからず☆

合ってるのは週に10本くらいアニメを見てるとこくらいです。はい。
| 2008.12.08 Monday * 01:09 | 日常 | comments(2) | - |
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| 2009.03.14 Saturday * 01:09 | - | - | - |
Comment
『オタク』と通して
Wikipediaを『オタク』で検索すると
二次元の世界としか更新できない
実態に迫る的な特集(笑)
ネガティブ的な

そしてまさかのエキスパート宣言www

ちなみにメイド喫茶ではない の補足が一番笑えた(´∀`)=3

他にも色々日本語おかしいし
おまえまっきゅんの偽者やろ!!って思ったわ(笑
でも切り口は面白いし、オタクに対する着眼点はいいと思ったよ〜

一年の時のレポート見ると、うっわテキトーまじ勉強してねぇ!
語調に一貫性がないし!まじありえんわ〜
って感じやよね('-';)


多少自覚のあるオレは秋に番組入れ替わってから隠の王とのらみみくんしか見てません。
卒研が忙しいorz
| まちゃ | 2008/12/08 12:57 PM |
確かにつっこみどころ満載すぎ・・・笑
でもありきたりなことを書くよりは、斬新な切り口でずばずば書いているところを、先生に評価されたのでは?

ちなみに、この課題の論題って何だったの?
| MAKA | 2008/12/08 2:26 PM |









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